ブログ

BLOG

HOME > ブログ > 戦国武将を訪ねて‥ 「水戸城」

2017/06/21

戦国武将を訪ねて‥ 「水戸城」

リフォーム 埼玉 越谷←ホームページはコチラから!

LOGO_Bokashi
    〈地域密着で安心リフォームをお約束〉
埼玉県越谷市リフォーム工事をしていますSHOT PLANの廣野です。いつもブログをご覧頂き有難うございます。

 

IMG_9065_R 戦国武将を訪ねて‥「水戸城

 

IMG_8980_R

「徳川家康」が祭神である「東照宮」に面して走る「銀杏坂」。その向うが「南三の丸」。現在はビルが立ち並ぶ。かつてはここに武家屋敷があった。この場所が‥

IMG_8981_R

江戸時代を通じて「徳川御三家」の一つ「水戸徳川家」の居城であった「水戸城」である。「徳川御三家」と言えば他は「尾張徳川家」「紀州徳川家」とあるがこの二藩の城に比べて「水戸城」はかなり質素であった。質素と言っても「石垣」がないだけで‥

IMG_8985_R

「空堀」はかなりの防衛能力を持っていたと思われる。写真は「三の丸」「武家屋敷」を仕切る「空堀」

IMG_9023_R

「二の丸」「三の丸」を仕切る「空堀」。現在は県道232号線として使用。

IMG_9033_R

「本丸」「二の丸」を仕切る「空堀」。現在はJR水郡線が走る。どちらも深さがあり城のとしての機能としては十分だと思われる。この様に城の東西は「空堀」で守っていた。

IMG_9025_R

北側は「那珂川」南側は「千波湖」を天然の堀としていた。写真は「二の丸物見台」から見た「那珂川」。そして‥

IMG_9115_R

「偕楽園 好文亭」から見た「千波湖」の方角。手前はキリシマツツジが広がる庭園。

IMG_8986_R

「土塁」。現在も県庁舎内に残る。「水戸城」「馬場資幹」により平安時代末期に築かれたとされる。戦国期における城主は「江戸 通雅・通泰」父子であった。豊臣期に入って「佐竹義宣」が城を大改修した。ところが「義宣」「関ヶ原の戦い」では不明瞭な態度に終始したため1602年「家康」によって水戸から追放。自信の子を入城させここから「水戸徳川家」が始まる。尚、「義宣」出羽国に転居させられ「久保田藩」藩主となる。

IMG_9019_R

IMG_9021_R

「大手門跡」。現在は「大手門復元整備工事」が始まっていて車両は通行止めとなっている。歩行者は専用仮設通路を利用しての通行となる。

IMG_9030_R

IMG_9029_R

「杉山門」「杉山坂」。藩主の御殿がある「二の丸」に通じる坂。坂の頂上に「杉山門」があった。1625年初代藩主「徳川頼房」により整備される。

IMG_9036_R

「医薬門」「水戸城」で現存する唯一の建造物。安土桃山時代末期「佐竹氏」により建造されたと考えられている。

IMG_9042_R

「柵町坂下門」「二の丸」の南口にあたる。

IMG_9020_R

「徳川斉昭」により‥

IMG_8993_R

1841年に創設された水戸藩の藩校「弘道館」「三の丸」内にある。

IMG_9017_R

IMG_9014_R

IMG_9012_R

「尊王攘夷」「弘道館」の教育理念を示したもの。幕末期においてのこの考え方は「斉昭」の弘道館記によるものがもっとも早い。「幕末尊王攘夷論」「水戸学」による影響が大きい。

IMG_8997_R

「水戸学」とは‥すなわち江戸時代に形成された政治思想の学問。全国の藩校で教えられその思想は「吉田松陰」等に大きな影響を与え「明治維新」の原動力となった。

IMG_9047_R

 戦後「尊皇攘夷思想」は批判を受けるが本来「水戸学」は幅の広い学問体系を持っている。「水戸学」の形成には「徳川光圀」「大日本史」編纂のために集まった学者を中心としており、あらゆる学派を網羅していた。写真は「光圀」の銅像。そして‥

IMG_9044_R

「光圀」生誕地に建つ「水戸黄門神社」

IMG_9061_R

「光圀」「斉昭」を祀る「常盤神社」「偕楽園」にある。

IMG_9010_R

徳川家最後の将軍「徳川慶喜」「講道館」で学ぶ。写真は家族写真。左端が「慶喜」

IMG_9007_R

「慶喜」使用の「長持ち」

IMG_8992_R

「弘道館鹿島神社」「弘道館」の神殿として創祀され現在も「三の丸」内にある。

IMG_8925_R

「斉昭」「仁孝天皇」の勅許を得て構内に神殿を設けた。そし1875年常陸国一宮である「鹿島神宮」より分霊を迎え弘道館の本開館式を行った。写真は「鹿島神宮」

IMG_8990_R

「八卦堂」「弘道館鹿島神社」側に建つ。

IMG_8997_R

「弘道館記」「水戸学」の精神を網羅。この石碑が「八卦堂」に納められている。

IMG_9056_R

「備前堀」。初代「頼房」の時代に灌漑用水と洪水防止のため築かれた用水堀。

IMG_9057_R

「伊奈備前守忠次」により築かれた。その名から「備前堀」と言う。現在でも農業用水として利用されている。

IMG_9069_R

IMG_9069_R

IMG_9073_R

「偕楽園」。1942年「斉昭」により造られる。

IMG_9083_R

IMG_9086_R

「好文亭」。木造2層3階建ての「好文亭」と木造平屋建ての奥御殿からなる。1840年「斉昭」自身の設計。

IMG_9112_R

国内最初のエレベーターとされる「配膳用エレベーター」の昇降通路。

IMG_8976_R

水戸は現在も「水戸藩」の城下町として当時の面影が残っている。

IMG_9052_R

リフォームに関するご質問・お問い合わせは、お気軽に下記、無料相談までお越し下さい。
   
リフォーム無料相談

 

↑ホームページはコチラから!
(株)SHOT PLAN www.shot-plan.net
TEL/048-989-6844 FAX/048-989-6845
MAIL/info@shot-plan.net

 

地域限定特別企画

地域限定特別企画

pagetop