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2013/05/19

戦国武将を訪ねて…「佐々成政」公 前篇

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埼玉県越谷市リフォーム工事をしていますSHOT PLANの廣野です。いつもブログをご覧頂き有難うございます。
戦国武将を訪ねて… 「佐々成政」公 前篇

 
今回、訪ねた武将は越中を、わずか5年間のみ治めた「佐々成政」公。その短い期間に越中発展の礎を築いた人として富山では崇敬されています。

当時、多くの水害をもたらした「常願寺川」を最初に訪ねてみました。



「成政」公は自ら陣頭に立ち堤防建設を行いました。この「佐々堤」と呼ばれる堤防は、わずかですが残っています。



なるほど雪解けの時季と言うこともあり現在でも「常願寺川」の流れは速い。「成政」公の築いた巨石がなければ尚更かもしれません。

こちらは「常願寺川」を挟んで対岸にある「一夜泊稲荷神社」


































「成政」公が深く帰依した「一夜泊稲荷神社」本殿は裏側に廻るとオープンになっていて目の前で見る事が出来ます。

ここから200m程行った所に…


「成正霊王社」
がある。当時「富山前田家」に反発した領民が密かに「成政」公を神として祀った神社として伝えらています。なるほど「政」ではなく「正」としてあります。これも「前田家」に対しての隠れ蓑なのでしょう。

ここから富山市街地に移動しました。感動するのは市内のどこを歩いていても「立山連峰」が見える事です。この山の風景は430年前も同じ。「成政」公も見たハズですね。


































「富山城」
の東を流れる「いたち川」「成政」公は城の東側の守りとして整備したとの事。現在、病魔を鎮めたと言われている「延命地蔵」「平成の名水百選」でもある「延命地蔵の水」があり多くの人が水を汲みに来ていました。東側は「四神相応」で言えば「川」「青龍」「守神」になる事から「龍」の像が置かれている。僕はそう感じました。

そこから北へ2㎞程行った所に「千歳神社」があります。


「成政」公が戦勝祈願したと伝わり富山の土地神として最も古い歴史を持つ神社だそうです。

境内には藤棚があり見頃でした。

この後「富山城」に向かいますが、その前に「富山市役所展望塔」に登り「富山城」方面を望んでみました。ここは無料の施設として登る事が出来、遠く「立山連峰」「富山湾」を望む事が出来ます。旅に出たらその街を一望できる場所を見つけるのもオモシロイですね。

さて「縄張り巡り」です。写真は「富山城」の古地図と現代地図を合わせた物。但し古地図も「成政」公時代の物ではなく「前田富山城」の物。おそらく「成政」公時代の城を基礎にしていると思うのでこの古地図を頼りに歩いてみましょう。

「本丸」北側を流れる「神通川」。天然の「水堀」として使われていました。現在の「神通川」は西側に川筋を変えられ、ここは「松川」として市民の憩いの場になっているようです。

「東出丸」

「東出丸」から「水堀」を望む。「石垣」の所まで「水堀」です。ベンチも木々のある所もかつては水面になります。

「千歳御殿」方面。白いビル辺りは「石垣」「水堀」「御殿」はその奥になります。


「大手門」。現在は路面電車の駅として名前が残っています。ここから「三の丸」に入り「千歳御殿」方面に向かいます。その模様は次回、お伝えします。

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