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2014/04/09

戦国武将を訪ねて…「千葉氏」

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戦国武将を訪ねて…「千葉氏」

「月星紋」「九曜紋」。下総・上総を納めた守護大名・戦国大名「千葉氏」の家紋。

「千葉氏」鎌倉幕府の中でも有力な御家人に成長させた「千葉 常胤」公常胤」公の祖父の代から500年余り続いた「千葉氏」。その「千葉氏」「妙見信仰」を訪ねてみた。

まず最初に訪ねたのは「千葉神社」「千葉氏」が守護神とした「妙見菩薩」「千葉神社」の前身「北斗山尊光院金剛授寺」常胤」公の父千葉常重」公の時代から祀っていた。「妙見信仰」とは北天にあって動かない北極星を不動の神として崇める信仰。

まさに「千葉神社」はその北極星にあたる。写真の山門は「尊星殿」。中央にあるのが「福徳殿」。八角形からなり「妙見菩薩」の御分霊を奉斎し八つの各星宮が 「各方位・五行・十二支・人間の身体」の役割を担い守護している。

「尊星殿」を抜けると上下に2つの拝殿を有する「重層社殿」がある。

上部から「尊星殿」を見る。

北極星にあたる「千葉神社」から南にある「千葉寺」。この南北の寺社を結ぶラインを「妙見信仰の聖なるライン」と呼ぶそうだ。現在の「本町通り」がそれにあたる。

「千葉神社」から「聖なるライン」を歩いて南に行くと 「常胤」公がここの湧き水で「源頼朝」公にお茶を献じたという伝承が残る「お茶の水」へ。現在は記念碑だけが残っている。

さらに南に行くと「神明社」。この境内に‥

「史跡亥鼻城趾」の石碑が建つ。かつて「常胤」公の父である「千葉常重」公がこの辺りに舘を築いたとされている。

現在ここは「亥鼻公園」として整備され‥

又、地名にも「亥鼻」の名が残る。

「聖なるライン」上にある「亥鼻公園」内には「千葉市立郷土博物館(千葉城)」が建つ。この天守は1967年に建造された城郭風の建築物であり、当時の館とは別物と見た方がよい。

館内には両手に「如意宝珠」を持つ「千葉 常胤」公の坐像(複製)など「千葉氏」や千葉の歴史を伝える資料が展示されている。

天守最上階より北方「千葉神社」方面を望む。更にここから南下して‥

「千葉寺」へ。「千葉氏」の祈願所であり市内最古の寺院。

興味深かったのは山門に彫られた亀の表情。何を意味するかは分からない。

「千葉寺ノ公孫樹(いちょう)。高さが30mあり709年に奈良時代の高僧「行基」がもたらした樹木だそうだ。

さて北方の「千葉神社」から南の「千葉寺」を通る「聖なるライン」を歩いてみたが現在もこのラインを中心にして行政施設が置かれているのが分かる。なるほど千葉市にとって「千葉一族」は代えがたい存在なのだろう。その「千葉氏」「千葉 重胤」の代に「後北条氏」と共に歴史の表舞台から姿を消す。「豊臣秀吉」公による「小田原攻め」によるものだが「妙見信仰」だけ消滅する事はなかったようだ。

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